義経記 - 46 亀割山にて御産の事

各々亀割山を越え給ふに、北の方御身を労り給ふ事有り。御産近くなりければ、兼房心苦しくぞ思ひける。山深くなる儘に、いとど絶え入り給へば、時々は傅り奉りて行く。麓の里遠ければ、一夜の宿を取るべき所もなし。山の峠にて道の辺二町ばかり分け入りて、或る大木の下に敷皮を敷き、木の下を御産所と定めて宿し参らせけり。いよいよ御苦痛を責めければ、恥づかしさもはや忘れて、息吹き出だして、「人々近くて叶ふまじ。遠く退けよ」と仰せられければ、侍共皆此処彼処へ立ち退きけり。御身近くは十郎権頭、判官殿ばかりぞ御座しける。北の方「是とても心安かるべきには有らね共、せめては力及ばず」とて、又絶え入り給ひけり。判官も今はかくぞとぞ思し召しける。猛き心も失ひ果てて、「斯かるべしとは予て知りながら、是まで具足し奉り、京をば離れ、思ふ所へは行き著かず、道中にて空しくなし奉らん事の悲しさよ。誰を頼みて、是まで遙々有らぬ里に御身をやつし、義経一人を慕ひ給ひて、かかる憂き旅の空に迷ひつつ、片時も心安き事を見せ聞かせ奉らず、失ひ奉らん事こそ悲しけれ。人に別れては片時もあるべしとも覚えず、只同じ道に」と掻き口説き涙も堰き敢へず悲しみ給へば、侍共も、「軍の陣にては、かくは御座せざりしものを」と皆袂をぞ絞りける。しばらく有りて息吹き出だして、「水を」と仰せられければ、武蔵坊水瓶を取りて出でたりけれども、雨は降る、暗さは暗し、何方へ尋ね行くべきとは覚えねども、足に任せて谷を指してぞ下りける。耳を欹てて谷川の水や流るると聞きけれ共、此の程久しく照りたる空なれば、谷の小川も絶え果てて、流るる水も無かりければ、武蔵只掻き口説き、独言に申しけるは、「御果報こそ少なく御座するとも、斯様に易き水をだにも、尋ね兼ねたる悲しさよ」とて、泣く泣く谷に下る程に、山河の流るる音を聞き付けて悦び、水を取りて嶺に上らんとすれども、山は霧深くして、帰るべき方を失ひけり。貝を吹かんとすれども、麓の里近かるらんと思ひて、左右無く吹かず。然れども時刻移りては叶ふまじと思ひて、貝をぞ吹きたりける。嶺にも貝を合はせたる。弁慶とかくして水を持ちて、御枕に参りて参らせんとしければ、判官涙に咽びて仰せられけるは、「尋ねて参りたる甲斐もなし。はや言切れ果て給ひぬ。誰に参らせんとて、是まではたしなみけるぞや」とて泣き給へば、兼房も御枕にひれ伏してぞ泣き居たり。弁慶も涙を抑へて、御枕に寄りて、御頭を動かして申しけるは、「よくよく都に留め奉らんと申し候ひしに、心弱くて是まで具足し参らせて、いま憂き目を見せ給ふこそ悲しけれ。仮令定業にて渡らせ給ふとも、是程に弁慶が丹誠を出だして尋ね参りて候ふ水を、聞召し入りてこそ如何にもならせ給ひ候はめ」とて、水を御口に入れ奉りければ、受け給ふと覚しくて、判官の御手に取り付き給ひて、又消え入り給へば、判官も共に消え入る心地して御座しけるを、弁慶、「心弱き御事候ふや。事も事にこそより候へ。そこ退き給へ、権頭」とて、押し起こし奉り、御腰を抱き奉り、「南無八幡大菩薩、願はくは御産平安になし給へ。さて我が君をば捨て給ひ候ふや」と祈念しければ、常陸坊も掌を合はせてぞ祈りける。権頭は声を立ててぞ悲しみける。判官も今は掻き昏れたる心地して、御頭を並べて、ひれふし給ひけり。北の方御心地つきて、「あら心憂や」とて、判官に取り付き給へば、弁慶御腰を抱き上げ奉れば、御産やすやすとぞし給ひける。武蔵少人のむづかる御声を聞きて、篠懸に押し巻きて抱き奉る。何とは知らねども、御臍の緒切り参らせて、浴せ奉らんとて、水瓶に有りける水にて洗ひ奉り、「やがて御名を付け参らせん。是は亀割山、亀の万劫を取りて、鶴の千歳になぞらへて、亀鶴御前」とぞ付け奉る。判官是を御覧じて、「あら幼なの者の有りさまやな。何時人となりぬとも見えぬ者かな。義経が心安からばこそ、又行末も静かならめ。物の心を知らぬ先に、疾く疾く此の山の巣守になせ」と宣ひけり。北の方聞召して、今まで御身を悩まし奉りたるとも思し召されず、「怨めしくも承り候ふものかな。偶々人界に生を受けたるものを、月日の光をも見せずして、むなしくなさん事、如何にぞや。御不審蒙らば、それ権頭取り上げよ。是より都へは上るとも、如何でかむなしく為すべき」と悲しみ給へば、武蔵是を承つて、「君一人を頼み参らせて候へば、自然の事も候はば、また頼み奉るべき方も候ふまじきに、此の若君を見上げ参らせんこそ頼もしく候へ。是程美しく渡らせ給ふ若君を、争か失ひ参らせ候ふべき」とて、「果報は伯父鎌倉殿に似参らせ給ふべし。力は甲斐々々しくは候はねども、弁慶に似給へ。御命は千歳万歳を保ち給へ」とて、是より平泉は又さすがに程遠く候ふに、道行人に行き会うて候はんに、はかなとはしむづかりて、弁慶恨み給ふな」とて、篠懸に掻い巻きて、帯の中にぞ入れたりける。其の間三日に下り著き給ひけるに、一度も泣き給はざりけるこそ不思議なれ。其の日はせひの内と言ふ所にて、一両日御身労はり、明くれば馬を尋ねて乗せ奉り、其の日は栗原寺に著き給ふ。それよりして亀井の六郎、伊勢の三郎御使にて、平泉へぞ遣はされける。