義経記 - 29 静吉野山に棄てらるる事

供したる者共、判官の賜びたる財宝を取りて、掻き消す様にぞ失せにける。静は日の暮るるに随ひて、今や今やと待ちけれども、帰りて事問ふ人もなし。せめて思ひの余りに、泣く泣く古木の下を立ち出でて、足に任せてぞ迷ひける。耳に聞こゆるものとては、杉の枯葉を渡る風、眼に遮るものとては、梢まばらに照す月、そぞろに物悲しくて、足をはかりに行く程に、高き峰に上りて、声を立てて喚きければ、谷の底に木魂の響きければ、我を言問ふ人のあるかとて、泣く泣く谷に下りて見れば、雪深き道なれば、跡踏みつくる人もなし。又谷にて悲しむ声の、峰の嵐にたぐへて聞こえけるに、耳を欹てて聞きければ、幽に聞こゆるものとては、雪の下行く細谷河の水の音、聞くに辛さぞ勝りける。泣く泣く嶺に帰り、上がりて見ければ、我が歩みたる後より外に雪踏み分くる人もなし。かくて谷へ下り、峰へ上りせし程に、履きたる靴も雪に取られ、著たる笠も風に取らる。足は皆踏み損じ、流るる血は紅をそそくが如し。吉野の山の白雪も、染めぬ所ぞ無かりける。袖は涙に萎れて、袂に垂氷ぞ流れける。裾は氷桂に閉ぢられて、鏡を見るが如くなり。然れば身もたゆくして働かされず。其の夜は夜もすがら山路に迷ひ明かしけり。十六日の昼程に判官には離れ奉りぬ。今日十七日の暮まで独り山路に迷ひける、心の中こそ悲しけれ。雪踏み分けたる道を見て、判官の近所にや御座すらん。又我を棄てし者共の、此の辺にやあるらんと思ひつつ、足を計りに行く程に、やうやう大道にぞ出でにけり。是は何方へ行く道やらんと思ひて、暫く立ち休らひけるが、後に聞けば宇陀へ通ふ道なり。西を指して行く程に、遙かなる深き谷に燈火幽に見えければ、如何なる里やらん、売炭の翁も通はじなれば、唯炭竈の火にても有らじ。秋の暮ならば、沢辺の蛍かとも疑ふべき。斯くて様々近づきて見ければ、蔵王権現の御前の燈篭の火にてぞ有りける。差し入り見たりければ、寺中には道者大門に満ち満ちたり。静是を見て、如何なる所にて渡らせ給ふらんと思ひて、或る御堂の側に暫らく休み、「是は何処ぞ」と人に問ひければ、「吉野の御岳」とぞ申しける。静嬉しさ限りなし。月日こそ多けれ、今日は十七日、此の御縁日ぞかし。尊く思ひければ、道者に紛れ、御正面に近づきて拝み参らせければ、内陣外陣の貴賎中々数知らず。大衆の所作の間は苦しみの余りに衣引き被ぎ伏したりけり。務めも果てしかば、静も起きて念誦してぞ居たりける。芸に従ひて思ひ思ひの馴子舞する中にも面白かりし事は、近江国より参りける猿楽、伊勢の国より参りける白拍子も、一番舞うてぞ入りにける。静是を見て、「あはれ、我も打ち解けたりせば、などか丹誠を運ばざらん、願はくは権現、此の度安穏に都へ帰し給へ、また飽かで別れし判官、事故無く今一度引き合はせさせ給へ。さも有らば母の禅師とわざと参らん」とぞ祈り申しける。道者皆下向して後、静正面に参りて念誦して居たりける所に、若大衆の申しけるは、「あら美しの女の姿や、只人共覚えず、如何なる人にて御座すらん。あの様なる人の中にこそ面白き事もあれ。いざや勧めて見ん」とて、正面に近づきしに、素絹の衣を著たりける老僧の、半装束の数珠持ちて立ちしが、「あはれ権現の御前にて、何事にても候へ、御法楽候へかし」と有りしかば、静是を聞きて、「何事を申すべきとも覚えず候ふ。近き程の者にて候ふ。毎月に参篭申すなり。させる芸能ある身にても候はばこそ」と申しければ、「あはれ此の権現は霊験無双に渡らせ給ふ物を。且は罪障懺悔の為にてこそ候へ。此の垂跡は芸有る人の、御前にて丹誠運ばぬは、思ひに思ひを重ね給ふ。面白からぬ事なりとも、我が身に知る事の程を丹誠を運びぬれば、悦びに又悦びを重ね給ふ権現にて渡らせ給ふ。是私に申すには有らず、偏へに権現の託宣にて渡らせ給ふ」と申されければ、静是を聞きて、恐ろしや、我は此の世の中に名を得たる者ぞかし。神は正直の頭に宿り給ふなれば、斯くて空しからん事も恐れ有り。舞までこそ無く共、法楽の事は苦しかるまじ。我を見知りたる人はよも有らじと思ひければ、物は多く習ひ知りたりけれども、別して白拍子の上手にて有りければ、音曲文字うつり心も言葉も及ばず、聞く人涙を流し、袖を絞らぬは無かりけり。遂に斯くぞ謡ひける。
在りのすさみの憎きだに在りきの後は恋しきに、飽かで離れし面影を何時の世にかは忘るべき。別れの殊に悲しきは親の別れ、子の別れ、勝れてげに悲しきは夫妻の別れなりけり
と、涙の頻りに進みければ、衣引き被きて臥しにけり。人々是を聞き、「音声の聞事かな。何様只人にてはなし。殊に夫を恋ふる人と覚ゆるぞ。如何なる人の此の人の夫となり、是程心を焦すらん」とぞ申しける。治部の法眼と申す人是を聞きて、「面白きこそ理よ。誰そと思ふたれば、是こそ音に聞こえし静よ」と申しければ、同宿聞きて、「如何にして見知りたるぞ」と言へば、「一年都に百日の日照の有りしに、院の御幸有りて、百人の白拍子の中にも、静が舞ひたりしこそ三日の洪水流れたり。さてこそ日本一と言ふ宣旨を下されたりしか、其の時見たりしなり」と申しければ、若大衆共申しけるは、「さては判官殿の御行方をば、此の人こそ知りたるらめ。いざや止めて聞かん」と申しければ、同心に尤も然るべしとて、執行の坊の前に関を据ゑて、道者の下向を待つ処に、人に紛れて下向しけるを、大衆止めて、「静と見奉る、判官は何処に御座しますぞ」と問ひければ、「御行方知らず候ふ」とぞ申しける。小法師原共荒らかに言ひけるは、「女なりとも、所にな置きそ。唯放逸に当たれ」と罵りければ、静如何にもして隠さばやと思へども、女の心のはかなさは、我が身憂き目に逢はん事の恐ろしさに、泣く泣く有りの儘にぞ語りける。然ればこそ情有りける人にて有りける物をとて、執行の坊に取り入れて、やうやうに労り、其の日は一日止めて、明けければ馬に乗せて人を付け、北白川へぞ送りける。是は衆徒の情とぞ申しける。