此処に代々の御門の御宝、天下に秘蔵せられたる十六巻の書有り。異朝にも我が朝にも伝へし人一人として愚かなる事なし。異朝には太公望是を読みて、八尺の壁に上り、天に上る徳を得たり。張良は一巻の書と名付け、是を読みて、三尺の竹に上りて、虚空を翔ける。樊噲是を伝へて甲胄をよろひ、弓箭を取つて、敵に向ひて怒れば、頭の兜の鉢を通す。本朝の武士には、坂上田村丸、是を読み伝へて、悪事の高丸を取り、藤原利仁是を読みて、赤頭の四郎将軍を取る。それより後は絶えて久しかりけるを、下野の住人相馬の小次郎将門是を読み伝へて、我が身のせいたんむしやなるによつて朝敵となる。されども天命を背く者の、ややもすれば世を保つ者少なし。当国の住人田原藤太秀郷は勅宣を先として将門を追討の為に東国に下る。相馬の小二郎防ぎ戦ふと雖も、四年に味方滅びにけり。最後の時威力を修してこそ一張の弓に八の矢を矧げて、一度に是を放つに八人の敵をば射たりけり。それより後は又絶えて久しく読む人もなし。只徒に代々の帝の宝蔵に篭め置かれたりけるを、其の頃一条堀河に陰陽師法師に鬼一法眼とて文武二道の達者有り。天下の御祈祷して有りけるが、是を賜はりて秘蔵してぞ持ちたりける。御曹司是を聞き給ひて、やがて山科を出でて、法眼が許に佇みて見給へば、京中なれども居たる所もしたたかに拵へ、四方に堀を掘りて水をたたへ、八の櫓を上げて、夕には申の刻、酉の時になれば、橋を外し、朝には巳午の時まで門を開かず。人の言ふ事耳の外処になしてゐたる大華飾の者なり。御曹司差し入りて見給へば、侍の縁の際に、十七八ばかりなる童一人佇みて有り。扇差し上げて招き給へば、「何事ぞ」と申しける。「汝は内のものか」と仰せられければ、「さん候」と申す。「法眼は是にか」と仰せられければ、「是に」と申す。「さらば汝に頼むべき事有り。法眼に言はんずる様は、門に見も知らぬ冠者物申さんと言ふと急ぎ言ひて帰れ」と仰せられける。童申しけるは、「法眼は華飾世に越えたる人にて、然るべき人達の御入の時だにも子供を代官に出だし、我は出で合ひ参らせぬくせ人にて候ふ。まして各々の様なる人の御出を賞翫候ひて対面有る事候ふまじ」と申しければ、御曹司、「彼奴は不思議の者の言ひ様かな。主も言はぬ先に人の返事をする事は如何に。入りて此の様を言ひて帰れ」とぞ仰せける。「申す共御用ゐ有るべしとも覚えず候へ共、申して見候はん」とて、内に入り、主の前に跪き、「かかる事こそ候はね。門に年頃十七八かと覚え候ふ小冠者一人佇み候ふが、「法眼はおはするか」と問ひ奉り候ふ程に、「御渡り候ふ」と申して候へば、御対面有るべきやらん」と申しける。「法眼を洛中にて見下げて、さ様に言ふべき人こそ覚えね。人の使ひか、己が詞か、よく聞き返せ」と申しける。童、「此の人の気色を見候ふに、主など持つべき人にてはなし。又郎等かと見候へば、折節に直垂を召して候ふが、皃達かと覚え候ふ。鉄漿黒に眉取りて候ふが、良き腹巻に黄金作りの太刀を帯かれて候ふ。あはれ、此の人は源氏の大将軍にておはしますらん。此の程世を乱さんと承り候ふが、法眼は世に越えたる人にて御渡り候へば、一方の大将軍とも頼み奉らんずる為に御入候ふやらん。御対面候はん時も世になし者など仰せられ候ひて、持ち給へる太刀の脊にて一打も当てられさせ給ふな」と申しける。法眼是を聞きて、「雄猛者ならば行きて対面せん」とて出で立つ。生絹の直垂に緋威の腹巻著て、金剛履いて、頭巾耳の際まで引つこうで、大手鉾杖に突きて、縁とうとうと踏みならし、暫く守りて、「抑法眼に物言はんと言ふなる人は侍か、凡下か」とぞ言ひける。御曹司門の際よりするりと出でて、「某申し候ふぞ」とて縁の上に上り給ひける。法限是を見て、縁より下に出でてこそ畏まらんずるに、思ひの外に法眼にむずと膝をきしりてぞ居たりける。「御辺は法眼に物言はんと仰せられける人か」と申しければ、「さん候」「何事仰せ候ふべき。弓一張、矢の一筋などの御所望か」と申しければ、「やあ御坊、それ程の事企てて、是まで来たらんや。誠か御坊は異朝の書、将門が伝へし六韜兵法と言ふ文、殿上より賜はりて秘蔵して持ち給ふとな。其の文私ならぬものぞ。御坊持ちたればとて読み知らずは、教へ伝へべき事も有るまじ。理を抂げて某に其の文見せ給へ。一日のうちに読みて、御辺にも知らせ教へて返さんぞ」と仰せ有りければ、法眼歯噛をして申しけるは、「洛中に是程の狼籍者を誰が計らひとして門より内へ入れけるぞ。」と言ふ。御曹司思召しけるは、「憎い奴かな。望をかくる六韜こそ見せざらめ。剰へ荒言葉を言ふこそ不思議なれ。何の用に帯きたる太刀ぞ。しやつ切つてくればや」と思召しけるが、よしよし、しかじか、一字をも読まず共、法眼は師なり、義経は弟子なり。それを背きたらば、堅牢地神の恐もこそあれ。法眼を助けてこそ六韜兵法の在所も知らんずれと思召し直し、法眼を助けてこそ居られけるは、継ぎたる首かなと見えし。其の儘人知れず法眼が許にて明かし暮し給ひける。出でてより飯をしたため給はねども、痩せ衰へもし給はず。日に従ひて美しき衣がへなんど召されけり。何処へおはしましけるやらんとぞ人々怪しみをなす。夜は四条の聖の許にぞおはしける。かくて法眼が内に幸寿前とて女有り。次の者ながら情有る者にて、常は訪ひ奉りけり。自然知る人になる儘、御曹司物語の序に、「抑法眼は何と言ふ」と仰せられければ、「何とも仰せ候はぬ」と申す。「さりながらも」と問はせ給へば、「過ぎし頃は「有らば有ると見よ。無くば無きと見て、人々物な言ひそ」とこそ仰せ候ふ」と申しければ、「義経に心許しもせざりけるごさんなれ。誠は法眼に子は幾人有る」と問ひ給へば、「男子二人女子三人」「男二人家に有るか」「はやと申す所に、印地の大将して御入り候ふ」「又三人の女子は何処に有るぞ」「所々に幸ひて、皆上臈婿を取りて渡らせ給ひ候ふ」と申せば、「婿は誰そ」「嫡女は平宰相信業卿の方、一人は鳥養中将に幸ひ給へる」と申せば、「何条法眼が身として上臈婿取る事過分なり。法眼世に超えて、痴れ事をするなれば、人々に面打たれん時、方人して家の恥をも清めんとは、よも思はじ。それよりも我々斯様に有る程に婿に取りたらば、舅の恥を雪がんものを。舅に言へ」と仰せられければ、幸寿此の事を承りて、「女にて候ふとも、然様に申して候はんずるには、首を切られ候はんずる人にて候ふ」と申しければ、「斯様に知る人になるも、此の世ならぬ契にてぞ有るらめ。隠して詮なし。人々に知らすなよ。我は左馬頭の子、源九郎と言ふ者なり。六韜兵法と言ふものに望みをなすに依りて、法眼も心よからねども、斯様にて有るなり。其の文の在所知らせよ」とぞ仰せける。「如何でか知り候ふべき。それは法眼の斜ならず重宝とこそ承りて候へ」と申せば、「扨は如何せん」とぞ仰せける。「さ候はば、文を遊ばし給ひ候へ。法眼の斜ならず、いつきの姫君の末の、人にも見えさせ給はぬを、賺して御返事取りて参らせ候はん」と申す。「女性の習ひなれば、近づかせ給ひ候はば、などか此の文御覧ぜで候ふべき」と申せば、次の者ながらも、斯様に情有る者も有りけるかやと、文遊ばして賜はる。我が主の方に行き、やうやうに賺して、御返事取りて参らする。御曹司それよりして法眼の方へは差し出で給はず。只大方に引き篭りてぞおはしける。法眼が申しけるは、「斯かる心地良き事こそ無けれ。目にも見えず、音にも聞こえざらん方に行き失せよかしと思ひつるに、失ひたるこそ嬉しけれ」とぞ宣ひける。御曹司、「人にしのぶ程げに心苦しきものはなし。何時まで斯くて有るべきならねば、法眼に斯くと知らせばや」とぞ宣ひける。姫君は御袂にすがり悲しみ給へども、「我は六韜に望有り。さらばそれを見せ給ひ候はんにや」と宣ひければ、明日聞こえて、父に亡はれん事力なしと思ひけれども、幸寿を具して、父の秘蔵しける宝蔵に入りて、重々の巻物の中に鉄巻したる唐櫃に入りたる六韜兵法一巻の書を取り出だして奉る。御曹司悦び給ひて、引き拡げて御覧じて、昼は終日に書き給ふ。夜は夜もすがら是を服し給ひ、七月上旬の頃より是を読み始めて、十一月十日頃になりければ、十六巻を一字も残さず、覚えさせ給ひての後は、此処に有り、彼処に有るとぞ振舞はれける程に、法眼も早心得て、「さもあれ、其の男は何故に姫が方には有るぞ」と怒りける。或る人申しけるは、御方におはします人は、左馬頭の君達と承り候ふ由申せば、法眼聞きて、世になし者の源氏入り立ちて、すべて六波羅へ聞こえなば、よかるべき。今生は子なれ共、後の世の敵にて有りけりや。切つて捨てばやと思へ共、子を害せん事五逆罪のがれ難し。異姓他人なれば、是を切つて平家の御見参に入つて、勲功に預からばやと思ひて伺ひけれども、我が身は行にて叶はず。あはれ、心も剛ならん者もがな、斬らせばやと思ふ。其の頃北白河に世に越えたる者有り。法眼には妹婿なり。しかも弟子なり。名をば湛海坊とぞ申しける。彼が許へ使ひを遣はしければ、程無く湛海来たり、四間なる所へ入れて様々にもてなして申しけるは、「御辺を呼び奉る事別の子細に有らず。去んぬる春の頃より法眼が許に然る体なる冠者一人、下野の左馬頭の君達など申す。助け置き悪しかるべし。御辺より外頼むべく候ふ人なし。夕さり五条の天神へ参り、此の人を賺し出だすべし。首を切つて見せ給へ。さも有らば五六年望み給ひし六韜兵法をも御辺に奉らん」と言ひければ、「さ承りぬ。善悪罷り向ひてこそ見候はめ。抑如何様なる人にておはしまし候ふぞ」と申しければ、「未だ堅固若き者、十七八かと覚え候ふ。良き腹巻に黄金造りの太刀の心も及ばぬを持ちたるぞ。心許し給ふな」と言ひければ、湛海是を聞きて申しけるは、「何条それ程の男の分に過ぎたる太刀帯いて候ふとも何事か有るべき。一太刀にはよも足り候はじ。ことごとし」と呟きて、法眼が許を出でにけり。法眼賺しおほせたりと世に嬉しげにて、日頃は音にも聞かじとしける御曹司の方へ申しけるは、見参に入り候ふべき由を申しければ、出でて何にかせんと思召しけれども、呼ぶに出でずは臆したるにこそと思召し、「やがて参り候ふべき」とて使を返し給ひける。此の由を申しければ、世に心地よげにて、日頃の見参所へ入れ奉り、尊げに見えんが為に、素絹の衣に袈裟懸けて、机に法華経一部置いて一の巻の紐を解き、妙法蓮華経と読み上ぐる所へ、はばかる所無くつつと入り給へば、法眼片膝をたて、「是へ是へ」と申しける。即ち法眼と対座に直らせ給ふ。法眼が申しけるは、「去んぬる春の頃より御入候ふとは見参らせ候へども、如何なる跡なし人にて渡らせ給ふやらんと思ひ参らせ候へば、忝くも左馬頭殿の君達にて渡らせ給ふこそ忝き事にて候へ。此の僧程の浅ましき次の者などを親子の御契りの由承り候ふ。まことしからぬ事にて候へども、誠に京にも御入り候はば、万事頼み奉り存じ候ふ。さても北白河に湛海と申す奴御入り候ふが、何故共無く法眼が為に仇を結び候ふ。あはれ失はせて給はり候へ。今宵五条の天神に参り候ふなれば、君も御参り候ひて、彼奴を切つて首を取つて賜はり候はば、今生の面目申し尽くし難く候ふ」とぞ申されける。あはれ人の心も計り難く思召しけれども、「さ承り候ふ。身において叶ひ難く候へども、罷り向ひて見候はめ。何程の事か候ふべき。しやつも印地をこそ為習うて候ふらめ。義経は先に天神に参り、下向し様にしやつが首切りて参らせ候はん事、風の塵払ふ如くにてこそ有らめ」と言葉を放つて仰せければ、法眼、何と和君が支度するとも、先に人をやりて待たすればと、世に痴がましくぞ思ひける。「然候はば、やがて帰り参らん」とて出で給ひ、其の儘天神にと思しけれども、法眼が娘に御志深かりければ、御方へ入らせ給ひて、「只今天神にこそ参り候へ」と宣へば、「それは何故ぞ」と申しければ、「法眼の「湛海切れ」と宣ひてによつてなり」と仰せられければ、聞きも敢へず、さめざめと泣きて、「悲しきかなや。父の心を知りたれば、人の最後も今を限りなり。是を知らせんとすれば、父に不孝の子なり。知らせじと思へば、契り置きつる言の葉、皆偽となり果てて、夫妻の恨、後の世まで残るべき。つくづく思ひ続くるに、親子は一世、男は二世の契りなり。とても人に別れて、片時も世に永らへて有らばこそ、憂きも辛きも忍ばれめ。親の命を思ひ棄てて、斯くと知らせ奉る。只是より何方へも落ちさせ給へ。昨日昼程に湛海を呼びて、酒を勧められしに、怪しき言葉の候ひつるぞ。「堅固の若者ぞ」と仰せ候ひつる。湛海「一刀には足らじ」と言ひしは、思へば御身の上。かく申せば、女の心の中却りて景迹せさせ給ふべきなれども、「賢臣二君に仕へず。貞女両夫に見えず」と申す事の候へば、知らせ奉るなり」とて、袖を顔に押し当てて、忍びも敢へず泣き居たり。御曹司是を聞召し、「もとより、打ち解け思はず知らず候ふこそ迷ひもすれ。知りたりせば、しやつ奴には斬られまじ。疾くこそ参り候はん」とて出で給ふ。頃は十二月廿七日の夜ふけがたの事なれば、御装束は白小袖一重、藍摺引き重ね、精好の大口に唐織物の直垂着篭めにして、太刀脇挟み、暇申して出で給へば、姫君は是や限りの別れなるらんと悲しみ給へり。妻戸に衣被きてひれ臥し給ひけり。御曹司は天神に跪き、祈念申させ給ひけるは、「南無大慈大悲の天神、利生の霊地、即機縁の福を蒙り、礼拝の輩は千万の諸願成就す。此処に社壇ましますと、名付けて、天神と号し奉る。願はくは湛海を義経に相違無く手にかけさせて賜べ」と祈念し、御前を発つて南へ向いて、四五段ばかり歩ませ給へば、大木一本有り。下の仄暗き所五六人程隠るべき所を御覧じて、あはれ所や、此処に待ちて切つてくればやと思召し、太刀を抜き待ち給ふ所に湛海こそ出で来たれ。究竟の者五六人に服巻着せて、前後に歩ませて、我が身は聞こゆる印地の大将なり、人には一様変はりて出で立ちけり。褐の直垂に節縄目の腹巻着て、赤銅造りの太刀帯いて、一尺+三寸有りける刀に、御免様革にて、表鞘を包みてむずとさし、大長刀の鞘をはづし、杖に突き、法師なれども常に頭を剃らざりければ、をつつかみ頭に生ひたるに、出張頭巾ひつ囲み、鬼の如くに見えける。差し屈みて御覧ずれば、首のまはりにかかる物も無く世に切りよげなり。如何に切り損ずべきと待ち給ふも知らずして、御曹司の立ち給へる方へ向いて、「大慈大悲の天神、願はくは聞こゆる男、湛海が手にかけて賜べ」とぞ祈誓しける。御曹司是を御覧じて、如何なる剛の者も只今死なんずる事は知らずや、直に斬らばやと思召しけるが、暫く我が頼む天神を大慈大悲と祈念するに、義経は悦びの道なり。彼奴は参りの道ぞかし。未だ所作も果てざらんに切りて社壇に血をあえさんも、神慮の恐有り。下向きの道をと思召し、現在の敵を通し、下向をぞ待ち給ふ。摂津国の二葉の松の根ざしはじめて、千代を待つよりも猶久し。湛海天神に参りて見れども、人もなし。聖に会うて、あからさまなる様にて、「さる体の冠者などや参りて候ひつる」と問ひければ、「然様の人は、疾く参り下向せられぬ」と申しける。湛海安からず、「疾くより参りなば、逃すまじきを。定めて法眼が家に有らん。行きて責め出だして切つて棄てん」」とぞ申しける。「尤も然有るべし」とて、七人連れて天神を出づる。あはやと思召し、先の所に待ち給ふ。其の間二段ばかり近づきたるが、湛海が弟子禅師と申す法師申しけるは、「左馬頭殿の君達、鞍馬に有りし牛若殿、男になりて、源九郎と申し候ふは、法眼が娘に近づきけるなれば、女は男に会へば、正体無き物なり。もし此の事を聞き、男に斯くと知らせなば、斯様の木蔭にも待つらん。あたりに目な放しそ」と申しける。湛海「音なしそ」と申しける。「いざ此の者呼びて見ん。剛の者ならば、よも隠れじ。臆病者ならば、我等が気色に怖ぢて出でまじき物を」と言ひける。あはれ只出でたらんよりも、有るかと言ふ声に付きて出でばやと思はれけるに、憎げなる声色して、「今出河の辺より世になし源氏参るや」と言ひも果てぬに、太刀打ち振り、わつと喚いて出で給ふ。「湛海と見るは僻目か。斯う言ふこそ義経よ」とて、追つかけ給ふ。「今まではとこそ攻め、かくこそ攻め」と言ひけれども、其の時には三方へざつと散る。湛海も二段ばかりぞ逃げける。「生きても死しても弓矢取る者の臆病程の恥や有る」とて、長刀を取り直し、返し合はせ、御曹司は小太刀にて走り合ひ、散々に打ち合ひ給ふ。もとよりの事なれば、斬り立てられ、今は叶はじとや思ひけん、大長刀取り直し、散々に打ち合ひけるが、少しひるむ所を長刀の柄を打ち給ふ。長刀からりと投げかけたる時、小太刀打ち振り、走りかかりて、ちやうど切り給へば、切先頚の上にかかるとぞ見えしが、首は前にぞ落ちにける。年三十八にて失せにけり。酒を好む猩々は樽のほとりに繋がれ、悪を好みし湛海は由無き者に与して失せにけり。五人の者共是を見て、さしもいしかりつる湛海だにも斯くなりたり。まして我々叶ふまじと皆散り散りにぞ成りにける。御曹司是を御覧じて、「憎し。一人も余すまじ。湛海と連れて出づる時は、一所とこそ言ひつらむ。きたなし、返し合はせよ」と仰せ有りければ、いとど足早にぞ逃げにける。彼処に追ひつめ、はたと切り此処に追ひつめ、はたと切り、枕を並べて二人切り給へば、残りは方々へ逃げけり。三つの首を取りて、天神の御前に杉の有る下に念仏申しおはしけるが、此の首を棄てやせん、持ちてや行かんと思召すが、法眼が構へて構へて首取りて見せよとあつらへつるに、持ちて行きて、胆をつぶさせんと思召し、三つの首を太刀の先に差し貫き帰り給ひ、法眼が許におはして御覧ずれば、門を閉して、橋引きたれば、今叩きて義経と言はばよも開けじ。是程の所は跳ね越し入らばやと思召し、口一丈の堀、八尺の築地に飛び上がり給ふ。木末に鳥の飛ぶが如し。内に入り、御覧ずれば、非番当番の者共臥したり。縁に上がり見給へば、火ほのぼのと挑き立て、法華経の二巻目半巻ばかり読みて居たりけるが、天井を見上げて、世間の無常をこそ観じけれ。「六韜兵法を読まんとて、一字をだにも読まずして、今湛海が手にかからん。南無阿弥陀仏」と独言に申しける。あら憎の面や。太刀の脊にて打たばやと思召しけるが、女が嘆かん事、不便に思召して、法眼が命をば助け給ひけり。やがて内へ入らんと思召すが、弓矢取りの、立聞などしたるかと思はれんとて、首を又引きさげて門の方へ出で給ふ。門の脇に花の木有りける下に、仄暗き所有り。此処に立ち給ひて、「内に人や有る」と仰せければ、内よりも、「誰そ」と申す。「義経なり。此処開けよ」と仰せければ、是を聞き、「湛海を待つ所におはしたるは、良き事よも有らじ。開けて入れ参らせんか」と言ひければ、門開けんとする者も有り。橋渡さんとする者も有り。走り舞ふ所に、何処よりか越えられけん、築地の上に首三つ引きさげて来たり会ふ。各々胆を消し見る所に人より先に内に差し入り、「大方身に叶はぬ事にて候ひつれ共、「構へて構へて首取りて見せよ」と仰せ候ひつる間、湛海が首取つて参りたる」とて、法眼が膝の上に投げられければ、興ざめてこそ思へども、会釈せでは叶はじとや思ひけん、さらぬ様にて「忝き」とは、申せども、世に苦々しくぞ見えける。「悦び入りて候ふ」とて、内に急ぎ逃げ入り、御曹司今宵は此処に止まらばやと思召しけれども、女に暇乞はせ給ひて、山科へとて出で給ふ。飽かぬ名残も惜しければ、涙に袖を濡らし給ふ。法眼が娘、後にひれ伏し、泣き悲しめども甲斐ぞ無き。忘れんとすれ共、忘られず、微睡めば夢に見え、覚むれば面影に沿ふ。思へば弥増りして遣る方もなし。冬も末になりければ、思ひの数や積りけん、物怪などと言ひしが、祈れども叶はず、薬にも助からず、十六と申す年、遂に嘆き死に死にけり。法眼は重ねて物をぞ思ひける。如何なるらん世にも有らばやとかしづきける娘には別れ、頼みつる弟子をば斬られぬ。自然の事有らば、一方の大将にもなり給ふべき義経には仲をたがひ奉りぬ。彼と言ひ、是と言ひ、一方ならぬ嘆き思ひ入りてぞ有りける。後悔底に絶えずとは此の事、只人は幾度も情有るべきは浮世なり。